北アルプス 北穂高岳

北アルプス2 初めてのバリエーション


9/18 翌朝隣のテントから聞こえる声で目を覚ました。天気が悪かったせいか、僕の他には大きめのテントが一つだけ。テントから頭を外に出すと見事な朝焼けが見えた。北穂のテン場は日の出が最高に気持ちいい。常念から太陽が顔を出し、薄暗い世界が赤く染まる。

夜は風が強くて常時テント内の空間が半分ぐらいになっていたが、気温的には問題なかった。夏用のシュラフを買えば良い話ではあるんだけど、もうシーズン終わるので来年。

朝食を済ませて、昨夜準備したサブザックを持って外へ。大袈裟だけど、いよいよ本当の山の世界に一歩足を踏み出す。そんな素晴らしい朝。


隣のパーティーは既に出発したようで辺りには誰もいなかった。不在の間にテントが飛ばないようにしっかりと細引きを締め直す。


昨日と同じ北穂のピークへと向かう道だけど、ピークにはたどり着かない。手前にある松濤岩の横からバツ印を乗り越えてC谷に足を踏み入れる。


かなりハッキリとした踏み後があり、谷底へと消えて行く。僕もそのそれに導かれるままに谷底へ向かう。途中から岩の墓場という名に相応しいがれ場になった。幸い上にも下にも別パーティーは見当たらないが、雪崩を起こさないように慎重に下る。


谷を下るほどに両端にそびえる崖は高度を増し険しくなる。思わず見とれてしまうような崖だが、気を抜くとすぐに岩を落としてしまいそうで、上から岩が落ちてきそうであまり見とれている余裕は無かった。

時々3m程度クライムダウンする必要があった。下り坂の途中にあるのでより高く感じるのと、たまに濡れていて少し怖い。実際はそれほどでも無いのだけれど。


何度かクライムダウンしつつ下って行くと進行方向の左側から合流する谷筋が見えた。C谷の右股だ。そして目の前に同じぐらいの高さに見えるのが目指す第四尾根だろう。逸る心を抑えながら右股と左股の合流地点を目指す。合流地点から尾根に一気に上がるとそこはもう第四尾根の取り付きだ。


取り付きにたどり着いてから下ってきたC谷を振り返る。物凄く急な坂に見えて、自分があそこを下って来たとはにわかには信じ難い。

「遠近感を感じるのは錯覚だ、人間の目に本来その機能はない」といつか聞いた話を思い出した。真面目な話かもしれないし、好い加減な知識かもしれない。いつ見聞きしたのかも全く覚えていないけれど、C谷を振り返った時に自分の目はあの崖の角度を感じることが出来ないのだと思った。多分あの崖の下に行くまで分からないのだろう。行ってもわからないのかもしれない。


尾根の先を眺め、麓を眺める。ここには誰もいない。遥か遠い北穂涸沢岳間の登山道を数人歩いているのが見えた。

この場所からスノーコルまではロープを出す必要がない場所だと聞いていたが、尾根の上は這松に覆われていてトレースは見当たらない。仕方なく尾根の少し下右側をトラバースし始めたが、非常に脆くて人が通るとはとても思えない場所だった。強引に少し進んでしまったものの、失敗だと気がついた時にはもう戻れなくなってしまっていた。

このままでは進退極まってしまうと思ったので強引に高度を上げ、這松をかき分けながらら再び尾根の上を目指した。這松を掴みながら強引に尾根に上がると登山道にも等しい明確な踏み後があった。這松を突破するのが正解だったのね。

今回はたまたまなんとかなりましたが、死んでもおかしくない、滑落して大怪我する可能性はかなり高い状況を作ってしまったことは大反省。有名なバリエーションで無雪期に踏み跡がないことなんてあり得ないし、もっとシビアにそのグレードに適切な難易度かの判断をしていかないとならない。今回は運が良かった。


踏み後に戻ってからは特に困ることもなく正しいルート上の正しい難所に差し掛かった。遠くから眺めるとあんな垂直の壁、登れるのか?と思うような場所も、近づいて実際に岩に触れてみるとスタンスもホールドも見るからにしっかりしているし、実際にガバだ。

それでも叩いたり揺さぶってみて確認しながら上へ上へ。一度取り付いてしまうと驚くほど冷静で、普段のクライミングがしっかりと僕の中にある事を感じました。そのことがまた自分を落ち着かせてくれる。


その後も2箇所「うわっ、これ登れるの?」「あ、全然大丈夫だ」というやりとりを自分としつつ前に進んでバリエーション部分は終了。一箇所あったクライムダウンがあり、降りる事に慣れていないので、一番緊張しました。ただ、全体を通して一番危険な状況だったのは最初のトラバースだと思います。


無事に一般道にたどり着いたのですが、稜線の少し下を巻いている箇所だったのでスッキリせず、そのまま岩をよじ登って稜線上に行ってから一休み。目の前に広がる前穂を眺めてようやく登りきったと感じました。(本当は北穂のピークを踏むのが綺麗なんだろうけれど)


このルートに挑戦した事、無事に登りきった事で今まで見ていた山という世界が線と線で点をつなぐ一次元な世界から一気に三次元に感じられて、今まで全く何も見ていなかった事に気がついて、山はこんなにも広くて大きくて自由で、今までも表面をペロッと舐めて「ハマってる」なんて言ってたけど、今ようやくハマったんだって前穂を見ながら感じた。


しばらく余韻に浸ってから後ろを振り向くと久し振りにブロッケン君が登場していて、なんだかとても嬉しかった。


そのまま一般道を通って北穂のテン場に戻った(実はテントが無いんじゃないかと思ってここもかなりドキドキしてたけど無事にあった)。天気も最高に良くてあちこちに登山者がいる。さっきまでとはまた違う山の世界が広がっている。テントを撤収しながらこのまま北穂の東陵もやろう、と思っていたらテン場の一番下からどこかへ向かおうとしている一行を発見。もしかして東陵を目指している?

その先に目をやると東陵のゴジラの背に数名の人影があってそちらを指差しながらなにやら話していた。
「あそこも登れるんじゃないか?」
「でも行き方わからないし」
「専門の道具とかいるんじゃないの?」
「ここなら行けそうだぞ!」
と言ってメンバーの1人がおもむろにがれた斜面に突入。

パーティーの年齢層にかなり幅があるので悩んだけれど目の前で怪我をされてはたまらないので、一応どこに向かおうとしているのか確認したうえで(やっぱり涸沢に下るのに東陵を経由しようとしていた)引き止める。

すぐに納得して一般道に戻ってくれたが、バリエーションルートであることの説明中に「一般道じゃないんです」「じゃああの人達は一般人じゃないのか?」とか言われて回答に困りつつも自分で可能な範囲で説明。改めて目的地を聞いたら「涸沢ビュッフェ(本当はヒュッテ)に泊まるんだ!」と言っていて判断が正しかった事を確信。(その後僕より先に南陵を下り始めたにも関わらず、僕が南陵下って東陵登って北穂の小屋でのんびりご飯食べて南陵を下ったらまだ南陵を半分も進んでなくてここでも胸を撫で下ろした)

テントをしまってザックを担いで北穂南陵を下って涸沢に向かう。東陵への取り付きがどこにあるのか知らないので、一旦涸沢までおりてテントを設営してから登るつもりだった。

しかし、鎖場を抜けてガレ場に入った所で東陵に向かってとても不自然に草が途切れている場所を発見。その先に目をやってもどうやら東陵への取り付き、もしくは途中から東陵に入るアプローチであることを確信。完全に涸沢まで下ってから登り返すのも面倒なのでここに荷物をデポって東陵に取り付くことにした。(後で涸沢の山荘で確認したら取り付きであっていたようだ)

荷物を置いてサブザックを背負い、がれた斜面をアプローチと思しき場所を進む。滝谷第四尾根に向かう時よりももっと自由に冒険している感じがしてとても興奮した。

滝谷へは詳しく道も聞いていたし、ルートの大まかな内容も知っていたけれど、自分で考えて自分で見つけて(もちろん多くの人が登っている場所だけど)登りたい場所に向かう気分は最高だった。

ただ、めちゃくちゃガレてるし下には人が沢山いるし万が一大規模な落石を起こしたら、と思うと気が気じゃなかった。それに、さっき人に注意したばっかりなのにあいつは行きやがった!みたいに思われるのもちょっと嫌だった。


結局物凄くガレた斜面を横切り、草や木が生えた脆い斜面を藪漕ぎしながら突破し、強引に東陵の稜線上に出た。雪崩は起こさなかったけれど、何度か草をつかみながらの強引な突破。


稜線に出てからは特に困る場所も無く、反対側に見える涸沢を懐に擁した前穂から奥穂のラインがめちゃくちゃかっこ良くて似たような写真を撮りまくってしまった。


ここでもゴジラの背を越えてからのクライムダウンが一番緊張した。フィックスがたくさんあったのでおそらくここは懸垂で降りる人が多いのだろう。


最後はちょっと緊張しながら大キレットとは反対側から北穂の小屋の前に出た。北穂の小屋の前は既に一日の行動を終えてビールを飲む人や昼食を取る人で溢れていてみんなとても楽しそうだった。


少し休んだあと、今回2度目となる北穂のピークを経由して南陵を通って涸沢へ下る。鎖場を超えたところでなんと先ほど注意した一行に声をかけられた。まさかまだ歩いているとは思っていなかったのでかなり驚いてしまったが、東陵を登ってきたことを話して三歩にでもなったような気分で「また今度、きちんと準備して東陵からの北穂を目指してみてくださいね」なんて言ってみたりした。


デポった荷物も何事もなく無事だったので涸沢まで下ってテントを設営して念願のビール。人ととっても話したい気持ちだったので同じく単独っぽい人を見つけて話しかけて今日の山行の余韻に浸った。

一人で登ることはとても楽しいけれど、登ったあとにそれを共有できる仲間がいたらもっと楽しい。ベースキャンプは同じでそれぞれが好きな場所(時には同じこともあるだろう)に行くのはとても楽しそうだ。

今回初めてバリエーションルートに足を踏み入れ、さらにフリーソロで登ったわけだけれど僕がフリーソロで登ることの意味はほとんど無いように感じた。ルートの難易度、状況に応じてフリーソロというスタイルの方が安全である場合もあるだろうけれど、ほとんどの場合で一般的なスタイルで登ったほうが安全性は高まるだろう。今後もフリーソロでバリエーションルートを登ることもあると思うけれど、あえてそのスタイルを選択しようとは思わない。そういう風に考えられた点でもそこそこの緊張感を持って登れる箇所で実際にやってみたことは良かったと思う。

北穂テン場6:30 > 第四尾根取り付き7:30 > 一般道9:50 > 北穂テン場10:30 > 北穂東陵取り付き11:40 > 北穂高山荘13:10 > 北穂高岳山頂13:25 > 涸沢テン場14:40

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