mountaineering 八ヶ岳

八ヶ岳縦走(二日目 赤岳登頂)

周りの木々の葉に、空の高いところから落ちてくる水とがぶつかって奏でる音を聞いた。そのせいかどうかはわからないけれど、夜中の2時頃に一度目を覚ました。夕方には綺麗な夕焼けを見て、ほぼ完全な円となった月が出ていたのに、今雨が降っていることがとても不思議で、それと同時に自分に屋根のある場所を勧めてくれたおじさん、おばさんに感謝した。自分の体が雨に打たれていない事。それがとてもありがたかった。

そのまま寝なおして、次に目が覚めたのは周囲が段々と紺色から水色に近づく時間だった。5時半頃だっただろうか。昨日の朝は柔らかな布団に包まっていたのに、マットを一枚敷いた上に、上半身は長袖の綿のTシャツ、タートル、厚手のネルシャツ、ウィンドブレーカー、ダウンジャケット、下半身はナイロンのパンツ、ウィンドブレーカー、レインウェアという格好で寝転がっている。とても不思議な満足感があった。ちなみに、孤高の人を読んで実践した中身が空になったザックに足を突っ込むという方法は思いの他足を外気から防いでくれた。

頭は不思議と冴えていて、起きた直後には朝食の準備を始めた。朝食といっても玄米ブランを2枚とワカメスープとチョコレートだけれど。ステンレス製の器に水を張ってワカメのスープを沸かす間にタバコに火を着ける。タバコの先端から生まれる煙を眺めながら、朝の鮮烈な空気と山の音とに浸っていた。

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暖かいワカメスープをすすり、朝食を終えた後は出発の仕度を始めた。思ったよりも気温が低くなかったが、これから上に上っていくことを考えて上下ともに長袖を着用し、残りの衣類や水をザックにつめ直す。荷物が少ないので5分程で出発の準備が整った。後、地図を見て羽衣の池を経由して真教寺尾根に入り、赤岳山頂に向かうことを確認した。

昨日自宅を出発する時はあれほどためらったというのに、山に登ることに全くためらいは無かった。

おじさんやおばさんが居れば挨拶がしたかったのだけれど、まだ辺りは完全に寝静まっていたために誰に言うでもなく感謝と出発の言葉を口にして歩き始めた。

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しばらく歩くとすぐに羽衣池にたどり着いた。もう少し開けた場所を期待していたのだけれど、池というほどの水も見当たらない場所だった。季節を選ぶともう少し羽衣感があるのだろうか。タイトルは忘れてしまったけれど、天女が空から降りて水浴びしているところに出くわして、天に戻って欲しくないから木にかけてあった羽衣を隠してしまった、とかいう昔話があった気がする。そういう意味ではあんまり開けてなくて周囲に木が生えている池の方がいいのか。

まだ15分程度しか歩いていないのに、暑くて汗をかき始めてしまい、丁度荷物を降ろせる場所があったので羽衣池の横で上着を脱いだ。自分の中ではとても早い時間で、そんな時間に人はあまり活動していないだろうと思っていたのだけれど、着替えが終わった時点で同年代か少し上ぐらいのカップルが通過、荷物もつめ終わって一服していたらおじいちゃんおばあちゃんの集団が到着。方言から判断するに広島から来ているようだ。昨日清里の駅周辺で一泊して5時頃出発してきたらしい。山を登る人たちの活動時間は早い。

話をしているうちに昨日たかね荘に泊まった話をすると「それでそんなに荷物が大きい」とか言われてしまい、特に何もキャンプ道具が入っていないことを言い出せなかった。さらに、おじさんの1人に「ちょっと持ってみてもいいですか?」と言われたので持ってもらうと少し驚いた表情で「意外と軽いね~」と言われてしまう。それに対して、その集団のリーダー格の人が今の山道具はどんどん進化してとても軽いという事を説明していたが、ごめんなさい、何も道具が入ってないから軽いんです。

山歩きのペースがつかめていなかったのでだらだらとことさらに意識してゆっくり登ろうと思っていたのだけれど、おじさんおばさんに若くて早いだろうから先に行っちゃってね、と言われて山のぼりが初めてであることも言い出せなくなり、先に出発することに。当面の目標は賽の河原という場所を経由して牛首山の山頂だ。

登り始めると、鬱蒼と茂る笹が道の両サイドからはみ出しており、昨夜の雨の影響もあってか足周りが大分湿ってしまった。次からこういう場所を通過するときは気にしなくてはいけない。地面には真っ白なムカデのような生き物が大量にいた。ちょっと異常な発生量だと思うのだけれど、普通なのだろうか。

基本的には先行する僕をおじーちゃんおばーちゃんが追いかける形なのだけれど、僕が休憩してタバコに火をつけると、吸い終わらないうちに追いつかれる。これには少なからず驚いた。それほど体力があるほうだとも思わないけれど、おそらく50は越えているだろうおじいちゃん達にほとんど差をつけることが出来ないのだ。さすがに歩いていると追いつかれることはないのだけれど。

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賽の河原に到達した。名前から細かい石がたくさんある場所を想像していたのだが、大きめの石がゴロリといくつかある程度でほとんどは土だった。そこの端にまるでパックンフラワーのような巨大なアザミが花を咲かせていた。八ヶ岳に咲くアザミは全てこのサイズなのかと思ったが、後で普通のサイズのものも見かけたので、大きいサイズの種類があるようだ。

どうにか追い抜かされる事無く牛首山の山頂まで到達した。その頃ようやく雲が切れ始め、空は綺麗な青色を見せ始めていた。辺りはまだまだ木が豊富に生えていて、上を見上げてもあまり空を見ることは出来なかったのだけれど、それでも見上げた時にあの青さを見ることが出来ると気持ちが良い。

牛首山の山頂に到達したのが7時30頃。歩き始めて1時間半が経過していたので一度大きく休憩を入れようと荷物を降ろしたところで例の集団に追いつかれた。彼らもここで一度大きく休憩を入れるらしい。リーダー格のおじいちゃんがおもむろにコッヘルと鍋を取り出してお湯を沸かし始める。それぞれにおにぎりやサンドイッチを取り出し始めた。どうやら、朝食のようだ。とても羨ましい。

15分ほど休憩を入れて再度歩き始める。地図の等高線を見る感じであまりアップダウンの無い道を進んでいくのかと思ったら、細かいアップダウンがある。一度登ったのに下るのは少しもったいない気がする。

前回登った富士山は6合目以降ほとんど草木が生えておらず、頭を少し左右に動かせば空を眺めることが出来たのだけれど、ここではそうはいかず、ところどころ崖のような場所を通過するときに空を見ることが出来るものの、ほとんど草木に覆われた道を歩くことになる。自分の来た場所、進んでいく先がわからない道を歩いていくのは少しつらい。さらに、景色がほとんど変化しない。

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ふとした瞬間に帰りたくなる。それでも前に進んでいたのは、前向きな理由ではなくて、今まで歩いてきた道を下るのが嫌だったから。たまに木々の合間から射し込む太陽の光や、苔むした岩、小さく精一杯咲き誇る花を見ることに喜びは感じるのだが、歩き始めて1時間ほどでこのあまり代わり映えのしない道にはすっかり飽きてしまっていた。

少し立ち止まって水分補給したりすると後ろから聞こえてくる広島弁に追い立てられるように前に進んでいたら、いつの間にか周りの木々の背が低くなっていたことに気がついた。アップダウンを繰り返すうちに高度が上がっていたらしい。そのことに気がついた直後、視界の開けた場所に到着した。久しぶりに頭上に空が広がる。

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ふと後ろを眺めた時、自分がとても長い距離移動していることに気がついた。移動してきた場所が山の形をしていることがとても不思議だ。左から来た雲が山に遮られて右側に進めずにいる。遠くから見ると山という塊でしかない存在が、その中にいるときは地面と、木々の幹としか感じることが出来ない。

ついに見えた赤岳の頂上や、横に見える権現岳から赤岳に至る尾根や、自分が歩いてきた尾根。そして木々の緑、雲の白さ、空の青さがあまりに綺麗でこの場所で15分ほど休憩をしていた。その間におじーちゃん達には抜かれてしまった。でも、自分の歩いてきた道を見下ろし、風に吹かれて太陽の光を浴びているのがとても気持ちよくて、動くことが出来なかった。休んでいる間にもう1人、40ぐらいのおじさんがここの景色はすばらしいですね、といいながら通過していった。

ようやく腰を上げて歩き始めたとき、自分が休憩を取りすぎてしまったことに気がついた。体がとても重く、既に登りになっている道を進むのがとても辛い。しばらく歩いているうちに少し楽になったが、あまり長く休憩するのは避けたほうが良い。

ここから先は、進むほどに道は細く険しくなっていった。ただ、幸いにも天気が良かったので見上げれば青空を見ることが出来たし、岩場が増えてきたので徐々にテンションは高かった。

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期待していた鎖場もようやく出現し始めた。それほど急ではなかったのと、鎖が意外と重いので、ほとんど四つんばいになって登ってしまったけれど、地面を歩いているよりも高さが稼げる鎖場は、登った後に下を眺めるととても気持ちが良い。

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道中ずっと左手に見えていたキレットもとても美しい。また、自分の高さを実感するのに一役買ってくれた。初めて見かけたときは遥か上に見えたのに、赤岳の鎖場を通り過ぎるたびに近づいてきて、ついには自分の方が上になっていた。

ようやく赤岳の山頂に到着したのは12時55分。ほぼ地図に書かれているコースレコード通り。景色に見とれている時間を考えれば、コースレコードよりは早いペースで歩いているのだろうと思う。

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赤岳の山頂にはたくさんの人がいた。時間的にも丁度お昼の時間だったのだろう、皆コッヘルでお湯をわかしたり、おにぎりを取り出して食事をしていた。僕もこの山頂で休憩を取りながら、カロリーメイトを2本口に入れた。装備はともかくとして、次はきちんと食料を持っていこう。富士山で人にわけてもらったおにぎりでその大事さは実感していたはずなのだけど。

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